清水次郎長の子分で、義理と人情の男として知られる吉良の仁吉。
伊勢荒神山における穴太徳(あのうとく)との決闘で善戦及ばず、鉄砲に撃たれ28歳という若さで亡くなりました。

吉良の仁吉 プロフィール

吉良の仁吉(きらのにきち)

本    名 太田 仁吉
生 年 月 日 天保10年(1839年)1月1日※
出  生  地 三河国幡豆郡横須賀村(現在の愛知県幡豆郡吉良町)
身長/体重 6尺(約180cm)/24貫(90kg)
趣    味 自宅の近くを流れる矢作古川で横笛を吹くこと
性    格 無口で温良な性質で正義感が強い
経    歴 19歳から3年間、駿河国有渡郡清水湊(現在の静岡県静岡市清水区)の清水次郎長の元で過ごした後、故郷へ帰り吉良一家を興す。
慶応2年(1866年)4月8日、28歳の時に伊勢鈴鹿郡荒神山の争いで死亡。
わずかな恩に報いるために、負けるとわかった戦に挑み28歳の若さで散った吉良の仁吉は、義理と人情の男として後世伝えられています。

※吉良の仁吉の墓がある源徳寺墓地の説明板による。ちなみに尾崎士郎著『吉良の男』によると、天保10年12月20日生まれと記されている。



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